【国防】戦争とは、平和とは1

Pocket
LINEで送る

こんにちは。エビ子です。

今回のテーマは【戦争と平和】です。

ここ最近の北朝鮮情勢から国民の一人として、将来を背負う子の母親として考えさせられることがたくさんあります。
防衛や外交などそれほど詳しいわけではありませんが、今後の日本のためにいったい何ができるのか、何をするべきなのか考えています。
私一人が考えたところで何かが劇的に変わることはありません。
しかし、多くの人が当事者意識を持って考えることで社会を変えていくことはできますし、そういう世の中であるべきだと思っています。
そのために必要なことは国民一人一人が当事者であることを自覚すること、そして自分なりに考えることです。
自分なりに考えると言っても0から考えるべきと言っているわけではなく、人の意見に賛成か反対かを考えるだけでも充分だと思います。
無意識にマスメディアや意図的な考えを持って声を荒げる声の大きい人に流されることがないようにすることが大切なことだと私は思います。

  • 平和とはなにか

今の日本は平和ですか?
そもそも平和とはどういう状態でしょうか。

《平和》
①戦争や紛争がなく、世の中が穏やかな状態にあること。
②心配や揉め事がなく、穏やかであること。

では、戦争や紛争とはどういう状態でしょうか。

《戦争》
①軍隊と軍隊とが武力を行使して争うこと。特に、国家間の全面的な争い。
②苛酷な競争や激しい混乱。

《紛争》
事がもつれて争いになること。また、その争い。もめごと。

私の持つ辞書(明鏡国語辞典 大修館書店)によるとそれぞれこのように書いてありました。

これらの言葉から考えると私は今の日本は平和とは言えないと思います。
北朝鮮がいつミサイルを撃ってくる分からない、いつ自分の街でJアラートが鳴り響くか分からない。北朝鮮が武力(ミサイルや核兵器)を盾に自分の要求を突き通そうとし、それに対してアメリカがやったら武力を持ってやり返すと明言している状態(日本は今の憲法上、武力を持ってやり返すなどという威嚇に当たる言葉は言えません)ははっきり言って戦争状態にあると言っても過言ではないです。もちろん、日本も当事国です。
こんな世の中、全く穏やかな状態ではありませんよね。

そもそも平和な世界は実現可能なのでしょうか。
私は世界に全く争いのない一人ひとりが平和だと実感できるような平和な状態が訪れることはないと思っています。
こんなことを言ってしまっては、暴論だと言われてしまうかもしれません。
しかしながら、平和な状態が訪れることはないけれども、少しでも平和な状態が広がる努力はし続けるべきです。

人は集まれば争いが起こります。
幼稚園児や小学生であっても、2人以上の人が集まれば意図せずとも意見の違いが出てくるし仲間はずれも起こってしまいます。
一人は外で遊びたいのにもう一人は積み木で遊びたいと主張を譲らなければそれはもう争いです。
この争いの結果をあえて過激なものも含めて挙げてみましょう。
①周りの友達も巻き込んで一方がもう一方を暴言や暴力、数の圧力によって支配し従わせる
②1対1で喧嘩(暴言や暴力など)をして勝った方が遊びたいものだけで遊ぶ、もしくは勝った方の遊びで遊んだ後、負けた方の遊びも遊ぶ
③じゃんけんやくじをして勝った方が遊びたいものだけで遊ぶ、もしくは勝った方の遊びで遊んだ後、負けた方の遊びも遊ぶ
④どちらかが初めから譲って(話し合い)譲ってもらった方の遊びで遊ぶ、もしくは譲ってもらった方の遊びで遊んだ後、譲った方の遊びも遊ぶ
⑤それぞれ遊びたいものだけ別々に遊ぶ

このようなものでしょうか。
どう思いますか?皆さんはどれが理想でしょうか?
今の世の中、それぞれが好きなことをやればいいという風潮が強いので⑤でしょうか?
それぞれが自分のやりたいことを我慢せずにやりたいことをやるのはもちろん有りです。
しかし、1人遊びでは限界があります。1人で外で遊んでも追いかけっこはできません。1人でやるよりも2人でやるほうが積み木もより高く、より多く積めるかもしれません。
2人以上で行うとそれだけ遊びの幅が広がりやれることも増えます。また喜怒哀楽を共有して精神的に豊かになれることもあるでしょう。

では、④でしょうか?
お互いがお互い様という気持ちを持って譲ったり譲ってもらったり、時には話し合いをしながら物事が運ぶのはとてもいいことだと思います。
しかし、これはお互いが同じように価値観を共有していることが前提です。
一方が譲りっぱなしだったり、意見が全く言えない人であると平和的に物事が決まっているように思えても一方はフラストレーションが溜まってしまっていることもあるかもしれません。

③は一番公平かもしれません。
じゃんけんやくじは機会が均等です。負けた方も納得しやすいです。
しかし、これも負けた方が不満を持つこともありますし、負け続けてしまうこともあります。
また、そもそも相手がじゃんけんやくじを嫌がることもあります。

①と②では、暴言や暴力を用いています。その場合必ずと言っていいほど禍根を残します。
暴言や暴力はした側は軽い気持ちでもされた側は重く受け止めて忘れられないことも多いです。された側がずっとその気持ちをくすぶり続けていていつか爆発させてしまうこともあるかもしれません。

この問題で難しいところはお互いに同じ選択肢を選ぶわけではないというところです。
一方は話し合いで解決しようと思っているのに、一方は暴力で従わせようとしているかもしれません。
皆が同じ気持や考えで行動できれば問題は生じにくいですが、世の中はそんなわけはありません。
特に世界を考えると文化も慣習も全く違います。その中で同じ平和的解決のための選択肢を選ぶことは相当な努力とすり合わせが必要です。
この努力とすり合わせを行なっても何かのきっかけで起こってしまうのが戦争です。
今現在、銃やミサイルをお互いに撃ちあうような戦争は日本では行なっていません。しかし、世界の中には今この時も戦争が起こっています。世界の中の誰かがたった今、銃によって亡くなったかもしれません。
明日にでも、過激派組織によるテロが日本の何処かで起こるかもしれません。
決して対岸の火事ではないはずです。
平和な世の中を実現するための努力を重ね、一人でも多くの人が平和だと思えるような世界が訪れることを私は願っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。