【国防】戦争とは、平和とは2

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こんにちは。エビ子です。

今回のテーマは【戦争と平和】です。

前回の【戦争とは、平和とは1】では、「平和とはなにか」考えました。
お互いの価値観の共有の元、話し合いによって平和は実現できるはずですが、お互いの価値観を合わせるのは非常に難しいものです。

人によって《戦争観》も《平和観》も違います。
そこで今回は今後も日本の防衛や世界情勢を語る上で自分の《戦争》に対する考えを記述していきたいと思います。

  • 私の戦争観

私が戦争を意識したのはおそらく小学1年生の時です。
これはきっと早いほうではないでしょうか。
小学校の時、地域ごとに集まる集会の会場に夏になると原爆による被害の写真が貼られていました。
原爆によって崩壊した街の様子や黒焦げになった遺体、ひどい火傷を負った子どもなど幼い私にとってはショッキングで恐ろしさを感じてしまうものばかりで当時はその集会の教室に行くのが嫌でたまりませんでした。
しかし、それがきっかけで小学校6年間の中で原爆・戦争というものを強烈に意識したのは間違いありません。
漠然とした興味関心があったので図書室で借りる本も戦争に関する本を多く借りていました。
小学校の時代から戦争に対して興味をもつなんてわりと変わった子だったのだと思います。
こんな悲惨なことはやってはいけない、と強く思っていました。
その影響もあってか、小学生の頃から世の中がアメリカを持て囃し礼賛すること、アメリカが日本を下に見ることに対して「原爆を落としたくせに…!」と内心思っていました。(今現在、アメリカは好きでも嫌いでもないですが、重要な同盟国だと思っています。)

他にも戦争を意識する機会はありました。
それは祖母からの話です。
戦争当時20代、30代だった祖母は子育てのまっただ中で、伯母を産んだ時にはお乳も出ずに米のとぎ汁をあげていたなどの苦労話をよく聞かせてくれました。
父方も母方も祖父達は激戦地に赴くことはなかったものの徴用で国のために働いたと言っていました。
祖父達は私が幼少期に、祖母は私が高校生の頃に亡くなってしまい、大人になってからもっと詳しく話を聞きたかったと残念でなりません。

私が学校で習った戦争の歴史はやはり日本が侵略、略奪した、一般の方にもひどいことをしたというものでした。
ですが、私はそれに対して大人になって自分で学び直すまでは漠然とした疑問を抱いていました。
上に書いたように大東亜戦争(太平洋戦争)時代に20代、30代だった祖父母達。つまり戦地に赴き、日本のために戦った兵隊達の中には同年代の方が多くおられたと思います。おそらく青年期でもあり、戦力の主力だったはずです。
そんな私の祖父母、またはその周りの人々が他の国の方々に理不尽にひどいことをするとは思えませんでした。いや、絶対にするはずはないと確信していました。
自分の身に危険が及んだ時、大事な人やものを守りたいときに攻撃してしまうことは少なからずあったと思います。また、中には規律を破り、暴走してしまう人もいたかもしれません。
しかし、理由もなく高齢者や女性、子どもを含む一般の方を虐殺したり、暴行したりしたなんてことが多くあったとは思えません。

皆さんはどうですか?
ご自身の祖父母などがそんなことをそんなことをしていたなんて信じられますか?

私には忘れられない映画のシーンがあります。
小学校と中学校の時には夏休みの登校日に平和集会が行なわれていました。
その平和集会ではたいてい、後半に戦争に関する映画を観る時間がありました。
件の映画を観たのが小学校6年生だったか、中学生だったかは思い出せないのですが、戦争当時の中国で生きる少女を主人公にした映画でした。

トンネルのようなところにその少女が逃げこむと多くの人が死んでいました。
そこに日本兵がやってきます。
その日本兵は亡くなった人に一人ひとり剣を突き刺し、死んでいるか確認(とどめを刺す?)していきます。
少女は遺体の中に紛れて息を潜めていましたが、間一髪助かることが出来ました。

こういうシーンでした。
皆さんはこのシーンをどう思いますか?
絶対にこれと同じようなことはあったと思いますか?特に何も思いませんか?ありえない、と思いますか?

この映画を観た当時は若くまだまだ勉強不足であり、これと同じようなことが本当に起こったかどうかはわかりませんでした。
本当だったならば、相当ショッキングな出来事です。
日本人が中国でそんなことをしていたなんて。
しかし、自分の祖父母を思い浮かべた時にとても違和感を感じました。
あんなに優しくて誇り高いおじいちゃん達がするはずないんじゃないか?
日本人としてそんなことをするのか?

今思えばその映画は反日プロパガンダの一環であり、日教組による自虐史観植え付けに貢献するものだったとわかります。
そもそも日本で行う平和集会なのに中国視点の映画の時点でおかしいのですが。
当時、これを選んだ先生達は何を考えて子どもたちに観せたのでしょうか。
普通は映像のまま受け取るでしょうから、きっとこれを観た他の多くの子達はただただ日本ってなんてひどいことをしたんだと思うだけだったことでしょう。

日本は敗戦国です。
戦勝国であるアメリカに占領されていた時代もありました。
戦勝国によるネガティブキャンペーンが功を奏し、日本が悪いことをしたということばかりが今でも言われています。
最近では、インターネットの発達により自虐史観から脱却する気風ではありますが、未だに日本だけが悪いと思っている方も多くいると思います。
むしろ、戦争について何も考えたことのないような人も若者を中心に多くいるかもしれません。

私は出来ることなら戦争は避けるべきだと思っています。
しかし、相手が暴力で挑んできた時に頭をペコペコ下げて自分のものを無条件に差し出すようなそんなことは絶対にしたくありません。
今の尖閣諸島のことだってそうです。
今はまだ武力によって恫喝されているわけではありませんが、戦略的に奪いに来ていることは事実です。
それを戦いたくないからといってあげる、なんていうことは絶対にしてはいけないことです。
こういうことをしでかす人というものは一度話に乗ってしまうと次から次へと要求をしてくるものです。
尖閣諸島を獲ったら、沖縄、九州、本州と狙ってくるに違いありません。

今まさに大きな懸念である北朝鮮危機も下出に出るわけにはいきません。
昨今の情勢から気付いている方も多いでしょうが、中国や朝鮮の人に甘い顔を見せると図に乗るということは明らかです。
この危機を乗り切るためにはやはりアメリカとの連携が不可欠です。
幸い今の首脳同士は信頼関係を築けているので、安倍首相にはトランプ大統領と密にコンタクトをとりつつ日本国を守るために改憲を含めた精一杯出来うる手をとってもらいたいと思っています。

改憲についてもまた詳しく別の記事で書きたいと思っていますが、どこかにやられそうな時にやったら倍返しするぞと言うことすら出来ない今の日本国憲法では、いざというときに足かせになってしまわないかと懸念しています。
日本国憲法は日本による威嚇すら禁じていますので。
今の憲法でも出来るという人と出来ないという人がいるような曖昧な状態では緊急時に動けませんし、反対勢力がここぞとばかりに利用し、妨害してくることは目に見えています。
誰もがわかりやすく理解できる明確な憲法であることが望ましいと私は思っています。

最後に子供について。
戦争になったときに子供を戦場に送りたくない、という親としての意見が多くあります。
それは誰しもが思うことだと思います。
私も出来ることならば危険なところには行ってほしくありません。
しかし、子供達が自分でよく考え、国のために身を持って戦いたいと覚悟を決めるならば私はそれを応援します。
強制的に送られるようなことがあれば、それはもちろん反対します。
子供の人生はその子のものです。
その子が本気で考えて行動するならば私は親として誇りに思います。

願わくば世界中から戦争や紛争が無くなり、憎しみ合うことのないような世の中になればいいなと思っています。

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